学校歯科保健活動
学校保健の意義
学校保健とは、幼児・児童生徒及び学生並びに教職員の生涯にわたる健康づくりとその保持増進をはかり、学校教育の目的を達成するために営まれる各種の教育活動です。
したがって、教育のねらいに即した活動であることが強調されており、学校保健を推進することによって、学校教育の円滑な実施と成果が確保されます。
人の生涯にわたる健康づくりは、幼児期のように自らの健康がおおむね保護者等の手にゆだねられ管理されている「他律的健康づくり」の時期から、成人期以降の自らの思考・判断により意志決定や行動選択による「自律的な健康づくり」へと移行していかなければなりません。その大切な転換期が学齢期(図1)です。換言すれば、歯・口の健康づくりを含む学校における健康教育の在り方が、国民の一生の健康づくりの方向や質を決定するといえ、それだけに学校における健康教育を一層重視する必要です。

学校歯科保健活動(歯・口の健康づくり)
の意義
一般に健康そのものに対する興味や認識が低い子どもに、病気の実体が見えない生活習慣病を理解させることは容易ではありません。このことから、鏡を見ることによって体の状態や変化を直接的に観察することができる歯や口は、極めて貴重な学習材(教材)となりうるのです。歯垢(プラーク)が付着して発生した歯肉炎は、適切な歯みがきで短期間に改善します。このような経験は、「自分の体は、自分で気を付けて、大切にすれば応えてくれる」という極めて重要な実感を与えてくれます。
歯・口の健康づくりは、健康づくりに関する多くの題材の中で、生活習慣病の学習材(教材)として適しているばかりでなく、
- 鏡を見れば自らが観察できる対象であること
- 歯が生え変わったり萌出したりすることを容易に実体験することができ、生への畏敬の表出や興味・関心がもちやすいこと
- 知識・理解が容易であること
- 行動した結果が自己評価しやすいこと
- 話題の共通性に富んでいること
など、子どもを対象とした健康教育題材として大変有効です。
さらに、朝や就寝前の歯みがき、あるいは規則的な間食の接取などの行動は、子ども自身が自らを律することが必要であるばかりでなく、生命を尊重する態度の育成など、豊かな人間性をはぐくむことにつながります。すなわち「生きる力」の育成に直結した学習材(教材)であるといえましょう。
学校歯科医の職務
学校保健の三つの領域「保健教育」、「保健管理」、「組織活動」にまたがり、保健に関する専門職として学校関係者、児童生徒、保護者や地域の住民の皆さんと連携を図りながら、子どもの健康づくりのために活動をします。「学校歯科医のフィールドは広がっています。」
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学校健康診断および事後措置
健康診断の場だけにとどまらず、その後、保健主事、養護教諭等と相談して、学校においてとるべき事後措置についても具体的に検討します。
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保健教育
幼児期から初等中等教育そして高等教育の全ての教育課程において、「歯・口の健康づくり」を通じた保健教育を学校とともに行います。
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養護教諭や学級担任による個別指導や健康相談への指導助言
子供の多様な健康課題に組織的に対応する観点から、学校保健安全法では養護教諭やその他の職員と連携した健康観察、健康相談、保健指導、学校と医療機関との連携が求められています。
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スポーツと学校歯科医学を通した学校安全への参画
学校という教育現場においても、スポーツ時にはどうしても怪我がつきものです。どのような点に注意することでそれを防げるのか、また、事故が発生した場合はどのような対処が必要なのか、学校と協力して対応が必要です。
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健康相談
健康診断結果に基づいて、受診の必要性の有無の判断、むし歯や歯肉炎等の疾病予防、治療等の相談及び学校と地域の医療機関とのつなぎ役など、専門的な立場から学校、子供及び保護者を支援していくことが求められています。
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学校保健委員会・地域学校保健委員会での指導助言
学校保健委員会や地域学校保健委員会を積極的に推進し、地域の学校や様々な関係機関の協力の下に、歯・口の健康づくりに関する普及・啓発を図ります。
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「食」教育の支援
学校歯科医は、食育の推進を支え、生活習慣病の予防等にもつながる次のような新たな視点にも注目が必要です。
①外傷等による噛む機能の減少に対応する噛み方の指導
②窒息予防などを念頭にした安全な食べ方を意識した食べ物の選択力を指導
③口腔機能と食べ方についての指導
SOS緊急対応

教員およびスポーツ指導者は応急処置を行い、受賞状況の記録を行い、保護者に連絡し、学校歯科医やかかりつけ歯科医と連携をとり適切な行動をとる必要があります。
歯・口腔・顎顔面外傷の内容と対応処置についてご紹介します。
学校安全

感染症対策

災害時対応

学校種別の課題
子供の発達段階に応じた、それぞれの解決すべき課題を整理しています。
学校教育法第22 条に、「幼稚園は、義務教育及びその後の教育の基礎を培うものとして、幼児を保育し、幼児の健やかな成長のために適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする」と明示される。
幼稚園においては、学校教育法第23 条に示された教育目標の第1 号で、「健康、安全で幸福な生活のために必要な基本的な習慣を養い、身体諸機能の調和的発達を図ること。」としている。
心身の特徴
幼児期は、人の一生の中でも身体発育の著しい時期であり、また内面的にも自我の芽生え、他者の存在の意識化、自己抑制の開始など重要な変化が認められる時期である。口腔内では、乳歯萌出は生後6 か月頃より始まり、3 歳頃までに乳歯列が完成し、乳歯咬合の完成期となる。乳歯のむし歯の発生については、現状では1 歳から4 歳までに約4 割の幼児がむし歯を持ち、さらに6歳までに約6 割の幼児がむし歯を持つようになる。また、第一大臼歯、下顎切歯など永久歯の萌出が開始される時期である。
保健指導のねらい
幼稚園教育要領の領域「健康」では、歯・口の健康づくりに関連するねらいとして「健康、安全な生活に必要な習慣や態度を身に付ける」とし、内容として「身の回りを清潔にし、衣服の着脱、食事、排泄などの生活に必要な活動を自分でする」「自分の健康に関心をもち、病気の予防などに必要な活動を進んで行う」などが示されている。
課題
- よく噛んで食べる習慣付け
- 好き嫌いを作らない
- 食事と間食の規則的な習慣付け
- 乳歯のむし歯予防と管理
- 歯・口の清掃の開始と習慣化
- 歯・口の外傷を予防する環境づくり
学校教育法第29 条に「小学校は、心身の発達に応じて、義務教育として行われる普通教育のうち基礎的なものを施すことを目的とする。」と規定されている。
そして、義務教育として行われる普通教育の目標は学校教育法第21 条に示されているが、同第30条2 項には「(略)生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない」としている。
小学校期は幼児期に始まる基本的な生活習慣の確立を図りながら、さらに健康課題に対しては自律的に取り組むことができるように支援することが重要である。
全般的な身体的特徴としては、脳頭蓋の大きさは6 ~ 12 歳で成人の93%~ 97%まで成長し、顎の高さと深さは10 ~ 12 歳でだいたい成人の大きさに達する。また、混合歯列期に相当するため、顎骨内での永久歯の形成、乳歯の脱落、歯槽骨の成長、永久歯の萌出などの成長発育が同時におこり、複雑な変化をしている。
低学年
心身の特徴
第一大臼歯や中切歯の生える時期であり、児童が自らの体の変化や成長に初めて気がつく極めて重要な時期である。
保健指導のねらい
幼児期と同じように児童自らが問題に気がついたり、その問題を解決しようとしたりすることは難しく、学校にあっては教職員を、家庭にあっては保護者を、手本として行動を模倣する時期である。
課題
- 好き嫌いなく、よく噛んで食べる習慣づくり
- 規則的な食事の習慣づけと間食のあり方
- 第一大臼歯のむし歯予防と管理
- 歯の萌出と身体の発達の気づき
- 自分の歯・口を観察する習慣づけ
- 食後の歯・口の清掃の習慣化と自律
- 休憩時間等での衝突・転倒等による歯・口の外傷の予防
中学年
心身の特徴
犬歯や小臼歯の交換時期にあたる。
保健指導のねらい
引き続き基本的な生活習慣の確立を図りながらも、やや理解度が増してくるので、「なぜ」「どうして」というような原因についても考えるようにする。
課題
- 好き嫌いなく、よく噛んで食べる習慣の確立
- 規則的な食事の習慣づけと間食のあり方
- 上顎前歯や第一大臼歯のむし歯予防と管理
- 歯肉炎の原因と予防方法の理解
- 自分にあった歯・口の清掃の工夫
- 歯の形とはたらきの理解(とくに、側方歯群の交換期にあたるので咀嚼指導、給食時の指導は重要である)
- 休憩時間等での衝突・転倒等による歯・口の外傷の予防
高学年
心身の特徴
乳歯から永久歯への交換が終了したり、第二大臼歯が生えたりする時期である。
保健指導のねらい
幼児期からの自己中心型から離脱し、自・他あるいは個・集団を理解して判断力も増加し主体的な生活が可能になってくる。この時期は基本的生活習慣をさらに意識化し、確立させる段階といえる。
課題
- 咀嚼と体のはたらきや健康との関わりの理解
- むし歯の原因とその予防方法の理解と実践
- 第二大臼歯のむし歯予防と管理
- 歯周病の原因とその予防方法の理解と実践
- 自律的な歯・口の健康的な生活習慣づくりの確立
- スポーツや運動等での歯・口の外傷予防の大切さや方法の理解
学校教育法第45 条に「中学校は、小学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、義務教育として行われる普通教育を施すことを目的とする。」と規定されている。
その教育は、小学校で学んだ知識や技能を深め、国家社会の形成者としての資質を養うとともに、職業に関する基礎的な知識技能、勤労尊重の態度、個性に応じた将来の進路選択能力の育成、社会的活動を通じて、感情を正しく導き、公正な判断力を育成することをねらいとしている。
心身の特徴
中学生期は、小児から大人への変化の時期であり、小学生期に比較すると心理的にも不安定な時期にあたる。中学生の行動変容は、どちらかと言えば、成人に対するような科学的あるいは感情的な背景を必要とすることが多く、規則などでの管理的側面や一方的な知識の導入だけでは効果が少ないと言われている。また、身体的にも抵抗力が向上してくることから健康を意識する場面が少なく、健康行動よりも、単に外面的な美しさを求めるような行動様式を取ることが多くなる。生活面においても、生活範囲の拡大や課外活動等への参加に伴う生活時間の変化や夜型の生活になりがちなど生活習慣に大きな変化が見られる時期である。
歯・口の健康づくりにおいても、口腔内に対する気付きが希薄化する時期である。健康行動が希薄化すると当然のことに口腔内は不潔となり、歯肉炎の発症から歯肉出血さらに口臭の出現となり、対人関係においても課題が出てくることも考えられる。また、思春期になると性ホルモンの影響で歯肉炎が発生しやすくなる。
保健指導のねらい
「生きる力」をさらにはぐくむという視点では、中学生の観察力を持ってすれば、歯・口の状態と評価は十分に可能であり、健康課題を明らかにしようとする意識と課題発見能力を向上させ、その課題を解決しようとする真摯な態度を培いたい。
咬合の異常あるいは歯列不正では習癖との関連も理解しておく必要があるが、歯列矯正する必要のある生徒では適応の時期となる。さらに、運動やスポーツによる口腔外傷の増加する時期であるから、それらに対する予防についての理解も必要となる。なお、顎関節症状を訴える生徒も出てくるので専門的な支援が必要になることもある。
課題
- 咀嚼と体の働きや健康とのかかわりの理解
- 歯周病の原因と生活習慣の改善方法の理解と実践
- 第二大臼歯及び歯の隣接面のむし歯の予防方法の理解
- 歯周病や口臭の原因と予防等に関する理解
- 自分に合った歯・口の清掃方法の確立
- 健康によい食事や間食の習慣、生活リズムの確立
- 運動やスポーツでの外傷の予防の意義・方法の理解
学校教育法第50 条に「高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達及び進路に応じて、高度な普通教育及び専門教育を施すことを目的とする。」と規定されている。
高等学校は義務教育ではないが、97%以上の国民が進学するため、ほとんどの人は高等学校に進学する。高等学校は教科担任制を採っている関係で、特別活動、特にホームルーム活動における保健指導の実施等が大切であり、機会をとらえて健康課題を取り上げる必要がある。ただ、学校歯科医として高等学校の教員と接するとき、あるいは、校内研修の機会や教材提供、学校行事としての歯科保健講話を行う場合に、その内容の充実、整理にはとくに留意する必要がある。
心身の特徴
顎骨の成長発育はほぼ終わり、永久歯列は完成し安定しているが、上級生では第三大臼歯(智歯)の萌出に際して炎症を起こす智歯周囲炎という疾病を持つことがある。歯列不正や不正咬合あるいは顎関節症や口臭に関して興味・関心を持つ生徒が多くなり、同様に歯肉炎で歯みがき時に出血するような場合には関心が出てくる。高校生では、中学生に増して疾病の背景因子について科学的な説明が必要と考えられる。成人の入り口に達するので、生涯にわたる健康づくりの視点が必要である。
保健指導のねらい
高等学校を卒業すると歯科健康診断はほとんどない。それは、成人に対しての歯科健康診断が法的に整備されていないためで、高校3年生の健康診断が終了すると、歯・口の健康に関しては他律的な健康管理はなくなり自律的な健康管理へと移行する。そのため、生涯を通じて心身ともに健康な生活のできる自己管理能力を養うことの一環として、歯・口の健康状態を向上させ、それを維持していく能力を養うことに重点をおく。また、間もなく自分の子どもの健康に責任を負う大人としての自覚を養うことも必要である。
課題
- 生涯にわたる健康づくりにおける歯・口の健康診断の重要性の理解
- 歯・口の健康づくりに必要な生活習慣(咀嚼、規則的な食事、歯・口の清掃等)の確立
- 歯周病予防の意義と方法の理解と実践
- 自分の歯・口の健康課題への対応
- スポーツや運動での歯・口の外傷の予防の意義や方法の理解と実践
- 顎関節と習癖との関係の理解と確認
学校教育法第72 条に「特別支援学校は、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む。以下同じ。)に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに、障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とする。」と規定されている。
特別な支援を必要とする子どもにとって、歯・口の健康づくりの実践は、身体の健康をはじめとして「食べる」「話す」という口本来の機能・形態を健全に育成することで、生活の自立や社会生活への参加、障害の改善や克服にも繋がりQOL を向上させる重要な活動であり、まさに歯・口の健康づくりが「生きる力」を育むことである。
指導に関しては一人ひとりの障害の種類や程度に応じて個別の目標を設定する必要がある。
心身の特徴
障害の種類によって歯列不正、歯数の不足、形成不全、形態異常などが生ずることがあり、また摂食障害や発音障害などの機能障害もある。歯・口腔内の状態も障害の内容、程度により一人ひとりが異なる状況である。
保健指導のねらい
特別支援学校においては「自立活動」が特別な領域として設けられており、その「自立活動」の内容として「健康の保持に関する内容」が示されている。指導に際しては個々の児童生徒の障害の状態や発達の段階の的確な把握に基づき、指導の目標及び指導内容を明確にし、個別の指導計画を作成するものとしている。歯科保健活動は、「自立活動」の内容の指導とも関連させて進めることが大切である。
課題
- 歯・口の健康の大切さの理解
- 歯・口の発育と機能の発達の理解
- 歯・口の健康づくりに必要な生活習慣の確立と実践
- むし歯や歯周病の原因と予防方法の理解と実践
- 障害の状態、発育、発達段階を踏まえた支援と管理の実践
- 必要な介助と支援の実践
- 歯・口の外傷の予防の支援と管理 *他の各学校段階等の課題も参考とする。
指導の特質
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継続的な指導
幼児期からの口腔機能の発達を促す。
歯口清掃の習慣化を図る。 - 幼児期から学校卒業後まで生涯を見通した一貫した指導 長期的な展望の下で、自らの力を可能な限り生かし、健康的な生活が実践できるよう「歯・口の健康づくり」についての計画的、継続的な一貫した指導を行うことが大切である。
- 発育・発達を全体的に捉えた指導 心身の健康を保持し、QOL を高めていくためにも、歯や口の形態や機能が健全に維持されるとともに身体の健康状態や心理状態、食事姿勢や食器具など食事環境を考慮した指導を行うことが大切である。
- 個別指導の徹底 障害のある子ども一人ひとりの障害の状態や発達の段階等を把握した上で個別の指導計画を作成し、具体的な目標を設定し、それに向けて継続的なきめ細やかな指導を行うことが極めて重要である。
- 保護者、学校歯科医、主治医、専門機関との連携 障害のある子どもの歯科保健の推進及び卒業後、生涯にわたり生活圏内で継続的な歯科保健管理を受けられるように、学校歯科医や教職員、保護者のみならず地域にある保健所、保健センターや医療機関が連携をとり、専門の立場からの指導や協力を行うことができる体制づくりが必要である。
- 歯科疾患の治療、定期健康診断、予防に関する指導や口の機能の発達を促す指導における連携 障害のある子どもは、歯科疾患が身体の健康状態や発達へ及ぼす影響も大きく、また、痛みへの感受性が低かったり、歯科受診、治療が困難な状況なども見られたりすることから、まず予防を基本とし幼少期から定期的に健康診断を受ける習慣や態度を身に付けておくことが大切である。
- 指導方法の工夫の必要性 運動機能障害などで特に指先の力や握る力が弱い場合には、歯ブラシの握り部分を太くして握りやすくしたり、握り方の工夫をして動きの安定を図ったり、姿勢を安定させ本人がみがきやすい状態にするなど、障害の種類や状態に応じた指導の工夫が大切である。
指導内容
- 歯みがき指導
- 食生活や生活リズム
- 食べる(摂食)指導